教育部会作成要請書第15本目、政府宛提出要請書29本目、昭和62年8月提出
大学院・学部改革につき検討すべき事項

【要請書全文】

 前  言

 日本の初等教育は、欧米に比し知的にはかなり優秀な成果を示している反面、国民性の育成にいちじるしく欠けている。また、高等教育については、下位校はさておき、欧米の上位校と比較するとき、基礎教育・基礎研究において日本の方にいちじるしい遜色が認められる。それは、とくに自然科学・工学の面において、少なからぬ格差を示している。日本が経済的に国際摩擦をひきおこすほど成長した現在、技術の基礎となる研究成果を海外からの移入にのみ依存する態度は、即刻改めるべきである。技術および基礎研究を日本自身で開発することは緊急の課題であるにも拘わらず、日本の大学は自治の傘の下で、みずからの改革をしてゆく意欲に乏しい。当協会は、昭和60年12月、
中曽根総理大臣に対し「大学をはじめとする高等教育の在り方について の問題提起と改革の端緒」と題する要請書を提出したが、今回はその趣旨に基づき、さらに具体的な第一次の提言をする次第である。


 一、大学院の改革とその地位の確立

 現在の大学院は、単に大学の世間的な格付けを高め、教員の給与対策に資するなど、本来の目的以外の方向に傾き、高度の研究成果を挙げること、および院生に有効な訓練を与えるなど、大学院としての独白な本来の任務を果たしていない。大学院を主体とするアメリカ等の一流大学と比べ、明白に格段の差が認められる。これを是正するため、下記の措置が必要である。

(1) 大学院施設の独立
 現在の大学院は、独白の施設をもたず、学部に付設されているのが通常である。しかし、大学院本来の活動をするためには、とくに理科系統においで独自の施設が無くてはならない。

(2) 大学院教員の専任
 現在の大学院を担当する教員は、学部教員の併任であり、本来の任務を果たすことが難しい。
※ 研究科教員会議で教員を選任する現在の制度は、研究科教員会議の構成員が、通例、学部教授会と共通なため、学部担当教員の大部分が大学院を併任する結果を招き、実質上、学部も大学院も同一水準の研究・教育になりがちである。
 優秀な教員を確保するためには、大学院に独立的な人事権を認めるべきである。
※ 学部教員のうち、大学院の授業に必要な者があれば、講師(人事権なし)として兼担させればよい。

(3) 修士大学院の整備
 修士が博士の予備段階であるかのごとき現状では、社会の要求に応じられない分野がある。たとえば、法学・工学など、学部によっては4年間で必要最低限の教育をすることが難しい。それらは、実状に応じ、学部4年〜大学院2年、あるいは学部3年〜大学院2年の一貫コースを考慮すべきである。
※ 年限とその組合わせは、分野により異なる要求があるので、画一的にしないほうがよい。医学については別に考える必要がある。

(4) 学位審査の閉鎖性打破
 学位論文の審査委員は、学外(海外を含む)から半数を選任する。
※ 欧米では常識的なことである。日本だけ学外委員を排除しているのが現状である。これを正当化する理由はどこにもない。


 二、高等研究所の設置

 大学院の現状を補完し、かつ大学院改革に強力なてこ入れをするため、世界で最高水準の研究所を設置する。
 日本の現状では、大学院の早急な改善が期待できない。そこで、まず研究水準向上の緊急性をもつ分野、たとえば核融合・生命科学などについて、大学とは別に研究所を設立する。さらに将来、必要に応じ、人文科学・社会科学などの分野へも及ぼし、研究者養成など、大学院機能をも順次これに移してゆく。

(1) 設置形態
 国立機関とした場合におこる運営の硬直化を避けるため、国立でなければならない部門を除き、特殊法人とする。予算の使用・寄付の受入れ等については、弾力性をもたせる。但し、必要経費の大部分は国家予算から支出し、民間団体からの資金をも大幅に導入する。
※ 民間資金の導入は、広範囲のプロジェクト(たとえば「生命科学」)を対象とするものとし、特定事項の委託研究には応じない。

(2) 研究員の整備

 (ア) 研究内容の固定化打破
 現在の学術は分野により、学際的・流動的な性質をもち、10年前の新分野が今日では時代遅れになっている例も多い。従来の講座制では、一度設置した講座を廃止することができず、新分野に対応するためには新規講座の増設よりほかなかった。しかし、その財政負担は巨大で、時代の要求に適時適切に応ずる事ができない。新研究所では、ある期間をあらかじめ設定しておき研究成果に応じて解散し、その時点で、別の新しいプロジェクトヘ移る。場合によっては継続も認める。

 (イ) 研究員
 常任研究員と任期研究員とから或る。常任研究員は、定年まで在任し、研究所の運営に責任をもつ。任期研究員は、プロジェクト終了時に辞任(または留任)する。
※ 任期研究員は、国内・海外の大学・研究所から出向する。国内からの研究員については、プロジェクト終了時にもとの地位へ帰任できるよう、定員を削らずに確保しておく。
 待遇は通常の大学院教授よりも格段に高くする。年功序列による機械的な算定ではなく、特別に高い業績を挙げた者(たとえばノーベル賞。フリーズ賞など)は、均衡を無視してよい。

(3) 設置場所
 既存設備をある程度まで利用できる地がよい。地方振興を考慮するために、まったく新しい地に造る考えもあるが、最高度の設備を突然に造ることは不可能であり、また、文化環境が低いと、一流の研究者は赴任したがらないであろう。


 三、学部段階の改革


(1) 教養課程の廃止
 これは一般教育の廃止を意味しない。むしろ広い知見を養って専門教育の充実に資するため、一般教育はきわめて重要である。しかし、一般教育を専門教育より軽視する誤った通念のため、現在の一般教育は学生にとって、とかく魅力のないものとなりがちである。したがって、一般教育の任務を一層重視すると共に、必要に応じ専門科目担当の教員も二股教育科目を担当するものとし、全学年を通じ、適当な時期におこなうべきである。

(2) 学部・学科の再編成
 大学院と同様、現在の学部・学科は、明治以来の旧態を守るだけで、新しい時代に対応できない。学術の進展につれて改編すべきである。
  ※ たとえば、建築学科は、工学部のみでなく、芸術学部に置くことも検討されてよい。

(3) 基準の多様化
 社会の要求は多様であるのに、現在の大学設置基準は画一的すぎる。それぞれの大学が本来の目的を達成できるよう、基準を改正する。
※ たとえば、芸術大学や体育大学などは、大学という名称を残してもよいが、組織や運営は普通の大学と同じである必要はない。
また、教員養成大学は、教員にふさわしい訓練を充実し、指導者としての実力および自覚をもたせなくてはならない。現在の教員養成大学では、一般大学と大差がない。

(4) 卒業認定の適正化
 現在の大学は、入学試験が大問題になっている反面、一度入ってしまえば、大学卒業生として要求される最低の訓練さえ受けずに社会へ出る者が多い。実力不足の者は留年させ、長期留年者(病気などやむをえない者を除く)は退学させるべきである。


 四、共通問題


(1) 人事
 現在の大学における人事は、自治の名のもとにきわめて閉鎖的である。その顕著な現れは、自校の卒業生だけから教員を採用することで、いわば血族結婚的な悪い面が出て、結果的には研究水準の低下を招きやすい。そのためには、次の処置が有効であろう。

 [1] 自校出身者から採用する教員は1/3以内とし、他校出身者も同一校からは1/3以上採用しない。

 [2] 選考委員の半数は自校勤務者以外(国内・海外にわたる)から委嘱する。自校以外の委員は、第三者機関から推薦する。

 [3] 人事責任の機能化
 現在は、講座から発議された人事案件を当該講座が主となって処理し、学部教授会が形式的に承認する。
 しかし、それでは、全学的な人事計画の立てようがなく、人事硬直化がおこるのは当然である。全学的な 視野から人事を運営する責任機構が必要である。
 但し、[2]の第三者機関、[3]の責任機構については、各大学がその特性に応じて検討する。

(2) 財 務
 私立大学が理事者・教学とも財務について熱心なのに対し、国公立大学は事務局まかせのことが多い。これ では大学としての活動が十分に果たされない。今日においては、国公立大学といえども民間資金の導入なしには、満足な業績を挙げえないであろう。それに対処するため、国公立においても。財務処理の責任機関をもつべきである。

(3) 設置形態
 国公立大学が私学のほかに存在し、多額の公費に依存しながら、実施している内容が私立大学と大差のない現状は再検討すべきであろう。ある期間の後、国立でなければならない部門を除き、私立、公立、または特殊法人を原則とすることが望ましい。この場合においても、企業的濫立を防ぎ、他方その公益性に鑑み、国の大きな補助が必要であろう。

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