教育部会作成要請書第14本目、政府宛提出要請書28本目、昭和62年6月提出
小・中・高等学校の交通教育拡充についての要請書

【要請書全文】

要 請 の 趣 旨

 わが国が現在、「くるま社会」にあることは周知の通りである。「くるまの生活化」のメリットはもちろん大きいが、デメリットも大きく、交通事故、これに伴う悲劇は激増し、大きな社会問題で、効果的対処が大いに求められている。いうまでもなくわが国は、交通安全基本法に基づいた諸施策をもって相当の効果をあげていることは事実であるが、なお憂處すべき状況にある。「くるま社会」の急速な進展に人間がついてゆけなかったとも見られる、安全意識・事故防止力に指摘される諸問題に由来する。このことを考え、交通安全教育の充実、徹底こそ急務とし、次の諸点を要請する。

(1) 幼・小・中・高を一貫して、学校の教育計画、教育課程に交通安全教育を明確に位置づけ、発達段階に則し、それぞれの特性に応じて、段階的、継続的に指導する。このため、文部省、及び教育委員会の指導・助成機関としての機能を一層積極的に発揮すべきであると要請する。

(2) 危険に関する認識を深め、事故を防止する判断力、実践力を高める学習を効果的にするため、各教科を通じる学習と特設時間を通じる学習とを有機的に構成する教育課程の見直しを要請する。例えば、日常的に経験する危険な事象を理科の学習を通じて解明する一方で、教科外に特設される、「安全に関する学習」にこの危険の認識を活用して、事故を防止する知恵や態度の要請を図る等である。

(3) 特設時間の1つとして、必要に応じてモーターバイク運転の基本動作を徹底する指導を高等学校に導入することを要請する。二輪車事故は、特に16〜24歳に圧倒的に多く、その原因は、運転の基本動作がよくできていないことにあると指摘されている。

(4) 交通安全について指導できる人材を養成することを要請する。高等学校の教員の間で生徒の事故の増加を憂慮し、危険や事故の防止法を体験的に研修したいという要望が高まって来ている。現職研修としてでも、あるいは教員養成課程でも考慮すべきときである。

(5) 地域ぐるみの交通事故防止実践を組織し、その普及・徹底を図ることを要請する。町ぐるみ、地域ぐるみの交通安全運動モデル地区は、顕著な効果をあげている。安全意識、また実欧化は、一部の努力では効果がどうしても薄い。また、ある意味では、地域の児童生徒の安全意識は成人のそれの反映ともいえる。地域ぐるみの意識の高揚の効果は大きい。

註※1 厚生省統計では、昭和59年交通事故死亡数は1万2432人である。
※2 アメリカでは、30年以上も前から高等学校で教員が生徒に乗用車運転を教育している。西ドイツの大学では、幼児、児童交通教育講座があり、多数の研究者があり、ギムナジウムではバイクの運転指導を取り入れている。
※3 二輪車が第一当事者になった昭和60年の死亡事故中62.4%は、16〜24歳である。
※4 愛媛県久万町の事例、埼玉県の八潮町の事例。


要 請 の 概 要


第一 教育行政の分野

 現行法では、文部省、教育委員会は交通教育に関連する行政に直接関与はしてはいないが、教育実践を担当する小・中・高等学校の役割の重大性を考えるとき、文部省及び教育委員会は、交通教育に関して積極的な指導、及び助成機関としての機能を発揮すべきである。
 その具体的方策として、最小限、次の2項を要請したい。一は、文部省初等中等教育局に交通教育課を新設すること。二は、都道府県及び政令指定都市の教育委員会に、交通教育を担当する専任指導主事を必ず置くようにすること、である。


第二 学習指導要領の再検討

 文字通り「くるま社会」に生きる宿命にある児童生徒の教育を担当する幼・小・中・高等学校は、交通教育の緊要性を確認すると共に、その実情を反省する必要がある。
 現行の学習指導要領は、「安全」について、学校のあらゆる機会に指導をするとしながらも、どこにも、その内容も方法も指針が示されず、皮肉にも、結果として指導が後退する傾向にある。特に指導内容の精選に伴い、教科学習の中から、交通安全に関わる日常的事象が整理され、教科学習を通して交通安全について学び考察する機会が失われている。このことを考え、学習指導要領を再点検し、教科学習を通じて交通安全に関わる日常的事象を考察すると共に、これに関連しながら、交通安全に必要な態度を養い実践化を図るに有利な、特設時間を設定すべきであろう。なお、PTA活動や教職員の研修も交通教育の観点から再点検すべきであろう。
 われわれの検討した結果の大要は、「要請の具体的事項」として後に述べる。


第三 高等学校のカリキュラムに、モーター・バイク基本技能の教育の導入

 教育旅程改訂の機会に、新しい発想として、高等学校の正規のカリキュラムに、モーター・バイクの基本技能を教育する特設時間の導入を要請したい。
 高校生の二輪車による事故は、いぜん増加することを憂慮し、人命尊重、安全意識の高まりから、高等学校の教員の間に「安全に運転する指導」の高まりが漸次見えてきた。広い地域を通学区とする職業課程の高校では、モーター・バイクによる通学の許可条件に「安全運転」の講習を受けさせているところも若干あり、なお職業高校の生徒が就職する時の条件として自動車の運転が求められる傾向もあって、安全運転の指導が試みられ始めている。この傾向をふまえて「安全運転」教育を導入する条件整備を要請したい。
 しかしながら反面、全国高等学校PTA連合会では、まだいわゆる「三ナイ運動」(免許を取らない、乗らない、買わせない)を崩さず、こわいものを避ける姿勢でいることも事実である。


要請の具体的事項(T)

 〈小  学  校〉

◎教  科
 (社会)歴史(6年)の教材に乗り物の歴史を取り入れ、その発達について学習する。
 (理科)例えば、自転車を教材として、機械の構造やその操作に強い児童を育成する。
◎道  徳
 人命の尊厳、人権の尊重が基底に存在することは明白である。児童の登下校は短時間ではあるが、社会体験の場であることに注目し、交通ルールを守れば安全であるが、守らなければ直ちに人命に関わる事実から交通道徳を説き、さらに一般道徳、遵法精神の涵養につなげる。
 交通教育を含めて、担任教員の平素の言動が児童の特性の育成に大きな影響を及ぼすことに特に留意する。
◎特別活動
 ○交通安全指導(基本的な応急措置・手当を含む)を実地に即して毎学期一回は実施して、交通安全の生活化、日常化を図る。
 ○基本的な標識・標示を教える。
 ○VTR等を活用して、視聴覚に訴える指導を徹底させる。
 ○全校児童集会等に交通事故の体験者や作文等の発表を組み入れる。
 ○公表されている交通教育に関連のある資料や研究発表等を活用する。
◎PTA
 ○学校の特別活動や地域社会活動と一体となって、交通安全教育に協力する。
 ○大半の父母はドライバーでもあるので、その体験を交通教育のしつけに役立てる。
◎教員の研修
 ○専門家を招いて、全教職員に対し、毎年一回は研修会を開催する。
 ○教職員のうち、適任者を二週間程度の研修に派遣する。この研修を目的とする「交通教育研修センター」を別途計画中である。


 〈中  学  校〉

◎教  科
 (社会) 「世界の中の日本」二年)に交通と貿易、輸送、人間の交流等を取り入れる。
 (理科) (運動と子不ルギー陽二年)で、加速、減速、遠心力など、力学の基礎を学習するのでこ れに関連して、交通の安全教育を指導する。
 (美術)交通安全ポスターの作成を通して、色彩の対比、補色、明視度等について学習させ、それらが日常生活の中に(交通信号、標識等)応用されていることを理解させる。
 (道徳)中学校の段階で、生命の尊重、公徳心、法の精神と権利・義務の意義について理解させる。
     (その他、前述の小学校「道徳」の項参照)
◎特別活動
 ○中学生のレベルに対応する、交通安全指導を各分野(生徒活動、学校行事、学級指導)で徹底させる。
 ○通学圈が広汎な場合(特に私立学校等)は、個別的に指導する。
◎PTA
 小学校の場合と同じ。
◎教員の研修
 小学校の場合と同じ。


 〈高 等 学 校〉

 小・中学校の場合と同様に、交通教育重視の観点から、関連のある教科(科目)、例えば、保健体育 (保健)、社会(現代社会、倫理、地理)、理科(物理)、芸術(美術)、家庭、及び特別活動(ホーム・ルーム、生徒会活動、クラブ活動、学校行事)等に連動する交通教育の実践には、常に留意する必要がある。


要請の具体的事項(U)


一、必要な教職員(指導員)の確保
 「交通教育研修センター」を設けて(計画中)、(1)高校の現職教員でバイク教育の担当を希望する人、(2)社会人(二輪車のベテラン)で高校教員を希望する人、の2グループから選んで養成する。

二、実技教育の場所
 高等学校では、基礎を指導するのであるから40mx80m(或いは30mx60m)の敷地が あれば十分であり、この程度の土地を確保できる高校は多いと思う。なお、必要な設備、備品等は適宜選択して使用する。

三、週当たりの教育時間と担当者の数
 週1時間とし、複数枚組当の嘱託或いは講師とすることにより、担当教員は少なくて間に合う。

四、必修か選択か
 長期的展望からは必修を目標とするが、当初は選択制とし、職業高校、定時制高校、バイク教育を要望される地域の高校からはじめる。

五、運転免許試験との関係
 高校では、交通教育重視の立場からバイクについて基礎の指導をおこなうのであって、生徒はこの基礎教育のあと、教習所で仕上げの教習を受け、免許試験受験の順序を踏むことになる。

六、保険の問題
 高校でのバイク教育は基礎に重点を置くので、走行は低速でよいし、また、低速でしか走れないバイクを教材としてもよい。従って、事故発生の可能性は少ないが、万一の事故に対しては、日本学校保健法の適用を受ける。

七、PTAへの対応
 生涯を「くるま社会」に生きねばならない生徒の身になって、学校の責任で担当教員が指導するのであるから、父母にも実地を見学させるなどすれば、バイク教育の導入も理解と支持を得られると考える。

八、駐車場の確保
 バイク教育を導入すれば、当然生徒のバイク通学も承認されるが、この場合も、奨励したり、ま た、無条件ではなく、許可制にする必要がある。
 これと関連して問題となるのは、駐車場の確保である。校地内で確保できない場合は、地域の状況にもよるが、近接する公私の駐車施設と特約することも考えられる。駐車料は利用者が負担する。

九、その他
 文部省、通産省、運輸省共管の(社)自動車技術会は、会員数2万1千人の自動車工学・技術に関する世界的な法人であるが、文部省は所管でもある本会の学識・業績をさらに活用されるよう要望したい。
以上の諸点につき、要請いたす次第であります。

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