安全保障部会作成要請書第15本目、政府宛提出要請書23本目、昭和60年11月提出 |
国民に防衛の実態を認識せしめられ度き要請 |
【要請書全文】
要請の趣旨
厳しい世界情勢下において侵略を未然に抑止し、国の平和と繁栄を享受する根本は、日米安保体制の堅持と自衛のための防衛力を高めることにある。
わが国防衛の基本政策を定めた防衛計画の大綱に定められた防衛力は、文字どおり平時における必要最小限度のものであるが、制定後9年を経た現在、未だに所定の防衛力に達していない。そのため、現実の防衛力は質量ともにきわめて不充分、かつ多くの問題点をかかえ、真に戦える自衛戦力にはほど遠いものがある。
次期59中業においては、必ずその水準が達成されねばならず、そのため、先ず防衛費1%枠が外されることが絶対要件となる。
かかる事情にありながら、国民の中には国家安全保障への関心の薄いもの、防衛力についての理解不充分のものが少なくない。加えて昨今の平和・軍縮のスローガンの下に、防衛力整備に反対する勢力もある。
これらは、いずれもわが国をめぐる脅威危機と、わが国防衛力の実情を知らず、かつ又防衛力のもつ正しい意義を認識していないためと思われる。
政府においては、今こそ防衛計画大綱所定の防衛力整備への決意と努力を固めるとともに、脅威の実態と防衛力の現実を国民の前に明らかにし、もって自覚と奮起を促すべき施策を進められ度く、ここに要請する。
要請の理由
一、脅威の実態
わが国に直接間接の脅威を与えているものは、北方近隣のソ連以外にはあり得ない。近年極
東におけるソ連の軍事力増強は顕著で、とくに海軍力においては空母3隻中の2隻、上陸強襲艇2隻全部を太平洋艦隊に集中していることは注目に値する。
極東配備の通常軍事力は量的にわが自衛隊の数倍に達し、質的にも優れている。わが国固有の領土たる北方領土にすら、1個師団のほか数か所の航空基地に相当数の新鋭戦闘機を配し、海空軍は日本海・オホーツク海を独占使用するのみならず、わが国南方海域すら恒常的に訓練演習場に使用している。
さらにベトナムのソ連海空軍基地化か進められ、対馬海峡を通過する軍用機が急増し、艦艇は年間165隻に達している。
かかる軍事力を背景に、最近の漁業交渉にみる如くソ連の対日態度はきわめて厳しく、威圧的なものがある。
さらに警戒すべきは、わが国内における反戦平和、反核・軍縮等の連動を展開しているグループの背後に、ソ連の支援煽動の手が動いている疑いのあることである。
われわれは、かかる厳しい内外の情勢を偏見を捨て正しく直視しなければならない。
二、防衛力の実情
まず、戦闘能力を概観してみよう。
・陸上戦力不足の状況はほとんど改善されていない。その原因は予算の絶対額不足のため、予算の大部分が人件・糧食費に充てられ、装備・施設の更新近代化が著しく遅れているためである。近代戦においては、旧式装備・兵器では戦力になり難いといってよい。
・海上兵力については艦艇の電子戦能力、対空・対艦ミサイル能力は先進国の海軍より劣っており、艦艇の多くは防空能力に欠け、相手艦を攻撃する能力が低いため、着・上陸阻止能力を欠いている。
・航空戦力については、戦闘機は他国に容易に制空権を渡さないものがあるが、航空基地の防空、被害局限能力などの抗たん性に劣り、レーダーサイトは抗たん性も妨害電波に対応する電子戦能力に欠けている。
・自衛隊に共通している弱点のひとつは、燃料・弾薬・魚雷等の備蓄が乏しく、継戦能力がきわめて貧弱であることである。
又、自衛隊員の募集がむずかしく、良質の隊員を得がたいうえ、定年延長によって老齢化が進んでいる。
部隊の訓練状況をみるに、演習場が少ないうえ所によっては部隊の移動、射撃訓練中止要求や、妨害運動などによって平素の教育訓練に支障を生じていることが少なくない。
およそ、軍隊は厳格な訓練によって初めて精強を期し得るものであるのに、右の如き状況においては、精強なる自衛隊というのは単なる掛け声におわるおそれが大きい。
三、平和・軍縮達成のための抑止力
米ソ軍縮交渉に対し、非核三原則の立場をとる日本が積極的な役割を演ずることのできないことはいうまでもない。日本にできることは、米ソ関係が平和・軍縮に進みやすいよう側面から応分の協力を行うことである。いささかにも、米国の立場を弱めるような振る舞いがあってはならない。
わが国の政界・マスコミの一部や進歩的といわれる学者の中には、日本や米国の防衛政策には強く反対するが、ソ進の軍拡や理不尽な対外干渉にはさしたる抗議もせず、沈黙するむきがある。又、平和・軍縮のため、日本は率先して軍事力を削減すべきだとして、大綱所定の防衛力整備すら反対する勢力がある。これらは、いずれも結果的に抑止力を弱め、ひいては軍縮交渉に支障を与え、世界平和に逆行するものといってよい。
われわれは、平和・軍縮達成には先ず抑止力を高めておかねばならぬことを忘れてはならない。
四、局地紛争の抑止と防衛力
かりに米ソ核軍縮交渉が進展したとしても、それでもって世界平和が直ちに達成されるとは限らない。現在の世界情勢からみて局地紛争がなくなるとか、東西両陣営が通常兵力削減に向かうとは考えられない。反核・軍縮に目を奪われ、通常兵器による局地紛争の効果的抑止をおろそかにするにおいては、重大な惨禍を招きかねないことを銘記すべきである。
全面核戦争が突如として発生することはあり得ない。あるとすれば、通常戦力による局地紛争が次第にエスカレートした場合であろう。ひとつひとつの地域紛争を解決し、抑制する努力が全面戦争を防止し、デタントを構築するための近道といってよい。
日本は、何よりも先ず自国が局地紛争の場にならぬよう、万全の努力をなすべきである。それでも、通常兵力をもってする侵攻を受けるおそれは絶無とはいえない。現実問題としては、核攻撃よりこの可能性がはるかに大きいと思われる。この場合、日米安保と自衛のための防衛力が、侵攻に対する最善の抑止力になることは疑いない。
日本自身の安全のためにも、アジア、西太平洋の平和と安全のためにも、国力相応の防衛力を整備し、抑止力を高めることがわれわれに課せられた責務である。