教育部会作成要請書第9本目、政府宛提出要請書22本目、昭和60年4月15日提出
教師の資質を向上するための要請

【要請書全文】


 教育は国家百年の大計である。  戦後の疲弊・困憊から立ち上がり、今日の驚異的な復興と発展を成し遂げた成果は、明治以降営々と築いてきた教育の賜に外ならない。  21世紀に向かう日本は、高齢化社会となり、かつ国際化すると共に先端技術の高度化に向かって生きる道を求め、勤勉を資源として、教育立国を一層推進しなければならない。  しかるに、現況は、物質的豊かさの反面心の貧しさが表面化して、非行暴力の横行とその低年齢化を招き、それも、かつては考えも及ばなかった教師への暴力沙汰の頻発を見るに至ったのは、誠に遺憾なことである。その要因としては、教育行政にも一因があるとはいえ、教師が教育への情熱を失い、師弟の人格的な接触と心の交流を忘れ、さらには教師自身の研修不足による教育理念の稀薄や指導力の低下によって、正常な教育が展開されないところに今日の教育の荒廃があるといえる。  教育は人にありの観点から、教員賛成および現職教育の重要性を痛感する。  よって当教育部会では、次の如く教師の資質向上のための具体策を提言するものである。

 一、教員養成制度の改革

  (一) 教員養成制度の変遷と問題点  教員養成制度は、より幅広い教養を身につけた教員を賛成する目的に沿って、学芸大学、あるいは一般大学の学芸・教育学部(教員志望者だけに限らず入学できる)のほか、一般大学に は特に必要な課程を履修する教職課程を設置するなどして、教員養成のための機関を多方面に拡大し、旧来の師範学校制度の弊を改めた開放制度の制定となったのである。  その結果、たしかに教養の幅は広くなり、国際社会に向けての国際性を身につけたことは評価されるが、その反面、いくつかの問題点が生じたことは、つとに指摘されている通りである。

  (二) 現職教員に関する問題点  問題点として指摘されることは、教師としての職責を遂行するために必要な、基本的教養に欠け、教師としての使命感に乏しいことである。したがって、教科等の指導案作成や、教材研 究、授業研究などに対する重要性がよく理解されていない。また児童・生徒の心身の発達にも 適切な対応が行われているとは認め難い。ことに新任教師にはこの欠陥が著しく、「教員免許さえあれば立派な教育者」という誤った認識を持つ者も少なくないのである。  これを要するに、教職の専門性に立脚した基礎的な養成・訓育が欠けているといわざるを得ないので、教員養成制度化に関する諸改革案につき、次のような具体案を提示したい。

  (三) 教職専門科目を充実する  児童・生徒の心理を洞察できず、授業や学級運営に適切な処置がとれないため、教職に自信を失ってなげやりになったり、なかには出勤拒否のような行動に走る教師もまれではない。現在一級免許の教職専門科目は、小学校32単位、中学校14単位である。教職専門科目を再編成すると共に単位数をふやし、児童・生徒を理解し正しく指導するための、カウンセリングの理論や方法についても十分に履修し、会得できるよう改善が必要である。

  (四) 教育実習の充実を図る  今日の教育実習の実態は形だけに終わっている上、現場にも大きな負担を与えている。

   (1)教職課程をもつ大学には、附属校の設備を義務づけ、十分な教育実習が行われるようにする。

   (2)一般の公立学校に実習を依嘱する場合は協力校指定校等を設け、職員組織を整備し、大学、教育委員会との連絡を密接にして、充実した教育実習ができるようにする。

   (3)教育実習の期間は小学校で8週間(現在4週間)、中学校で6週間(現在2週間)以上とし、内容の充実を図るべきである。

  (五) 社会に対する視野を広める  福祉施設等における体験学習や、ボランティア活動を必修課目とする学習に必ず参加させ、社会に対する教師の視野を広めると共に、社会奉仕活動を通して人間理解を深め、奉仕の精神を体得させる。社会に対する無関心と、利己主義の風潮は教育荒廃の原因の一つである。


 二、大学の教職課程の改善

  (一) 現行教員養成制度の問題点
 一の(二)項「現職教員に関する問題点」において述べたように、教師としての自覚の欠如が教育現場にそのまま反映しているが、ある新聞の世論調査によれば「教師はサラリーマン化している」とする者は50%を超えているのである。いうまでもないが、教師は教育者としての使命感にあふれ、児童・生徒に対する愛情を基盤として、その成長・発達に即応するための、広い一般的教養と共に、すぐれた教育技術を身につけなければならない。そのためには、自己の教育理念や方法論の確立、教科に関する専門的学力の涵養が強く求められている。
 しかるに、今日の教員養成制度では、これらの基本的な事柄を十分に学習させ、教師の資質・能力を高めることは極めて困難であると、いわなければならない。

  (二)改善点に関する提言

   (1)教師としての人格形成・教職意識を涵養するために、大学では一般教養はもとより、教育哲学、教師論を重視し、学生と教師の人格的ふれ合いを通して育成につとめる。

   (2)教科教育、及び指導法を充実させる。大学では小・中学校それぞれの授業とはかけ離れた学習が行われ、教科教育の基本的な内容の把握や、指導法などが軽視されている。そのため、教育現場における授業の進め方が適切を欠き、児童・生徒も学習内容がよく理解できず、授業がしばしば混乱するのである。従って現場の具体的指導に支障のないよう、専門的学力と指導法の向上のため、修得単位をふやして十分な教育を行うことが肝要である。

  (三)教授資格審査制度の設置  教員養成大学の教授資格審査制度(国家機関)を設置し、特に教師の教職意識高揚のための倫理・道徳面での指導者として適しているかどうか、審査を厳重にすべきである。


 三、教員免許制度の改善

   (1)大学の教育課程修了者には仮免許状を授与し、5年間有効とする(教職を志望しない者には、仮免許状を与えない)。

   (2)試補制度の課程を修了した者には普通免許状を授与する。履修しない場合は失効する。

   (3)二級免許取得者は、10年以内に研修単位を履修し、上級免許を取得すること。履修しない場合は2級免許も失効する。

   (4)15年を経過すれば、自動的に上級免許の得られる制度を廃止する。

   (5)免許制度にはいずれも10年毎の研修を義務づけ、給与等の処遇もそれに合わせる。

 四、教員採用制度の改善
 教員採用試験に合格すると、数十年のキャリアをもつ先輩教師といきなり肩をならべ、同一の責任をもって校務を担当させることが多いが、これでは不合理である。
 現行教員採用制度の欠陥は、必要単位さえ取れば安易に免許状を与えるところにある。そのためますます教師の質の低下を招き、教育崩壊の一因をなしていることは明らかである。その実態に鑑み、「教員採用に際しては1年間の試補制度」を設けるよう提案する。試補期間中の教師には、学級担任をさせない。

  (一)試補採用
 試補採用のための単記試験については、専門知識、及び実技、法規等についての成績を十分に考察する。また、面接試験に当たっては、人格・識見はもとより、体力、実技、及びクラブ活動・社会奉仕の体験、教員としての自覚・信念等につき、十分に試問する。

  (二)本採用
 黒板に文字を書いて児童・生徒を指導するとき、たびたび字句に誤りがあったり、言葉づかいが粗暴であったりする教師が少なくない。そのほか、服装がキチンとしているか、向上心に欠ける点がないか、指導力に問題がないか等のチェックをきびしく行う必要がある。
 また、採用のための面接に当たっては、教育実習校(指定校・協力校等)の作成した実習成績表の「写」を提出させることを義務づけ、教師としての将来の展望についての決意をテーマにした小論文を執筆させる。個人調書等の資料を十分に検討し、参考にすることはいうまでもない。そのほか、法を制定して校長の具申権を確立し、面接、試問に関する校長の意見を尊重する。

  (三)教員資格認定制度
 社会におけるそれぞれの専門分野で、高度の技術や卓越した識見を有する人材を、多様化する学校教育の現場にスペシャリストとして送りこむために、教員資格認定制度の拡充を図り、試補制度と連動させるものとする。

 五、現職教育
 教師は常に研究と修養につとめ、自己の資質を琢磨し、能力の向上に努め、教育を通して国民全体に奉仕する職責が義務づけられているのである。したがって教師は児童・生徒の師表たるにとどまらず進んで国際社会の動向に眼を開き、ゆたかな人間性と文化的教養を身につけることによって、次代をになう児童・生徒を学問的に教育するばかりでなく、人格的にも感化する力量がそなわるのである。

  (一)校内研修

   (1)学年会、教科部会、職員会、授業参観、研究会等を通して、教師相互の理解を図り、テーマを設定して、学校ぐるみ、地域ぐるみの研修を推進することは、校長に課せられた重大な責務である。

   (2)退職校長を公的機関で採用し、校内研修のそれぞれの分野で指導・助言をさせるなど、その豊富な研究体験を活用することを提言する。

   (3)授業研究等を通して、指導主事の研究指導を現場教育に生かしたい。一般的には校内研究指導のため指導主事が参加しているようであるが、組合活動の強い現場では、指導主事の参加を認めないといったケースも決して少なくない。校長・教頭が説得しても、無視されることが多く、指導主事を参加させる代わりに同調する講師を招き、偏った研究会を開くというのが現状である。したがって積極的に研究奨励校・研究奨励費の増加を図り、指導主事の活動分野を広めるべきである。

  (二) 教師のライフ・サイクルに研修計画を合致させる

   (1)20歳代/この時期には大学で修得した学力を基礎にして、授業の実際について体験しながら、指導主事・講師に具体的に指導してもらい、研修を深めることが教師としての資質を磨く上で大切なことである。また、学級経営プランを作り、校長の指導をうけながら、担任学級の運営に努力しなければならない。よりよき学級経営への意欲が、児童・生徒と心を通わせ、教師としての自分自身を切磋琢磨することになるのである。

   (2)30歳代/教職経験10年といえば、まさに中堅教師としての評価が定まる時期である。しかし、学年主任・教務主任・教科主任等の職責を果たすためには、率先して研修会に参加し、新しい課題に取り組んでいかねばならない。学年内の教師ともよく話し合って協力融和を図り、よい学年を作りあげる努力が必要である。

   (3)40歳代/教務主任、生徒指導主任として、学級経営全般に関心をもつとともに、教科領域などの専門性と指導性に伴う役割が重視されてくる年代であるから、研修もそれに応じた選択が必要である。また、教務・生徒指導を通して学校全体の動向を察知しながら、校長・教頭に協力し、児童・生徒はもとより、父母にも信頼され期待される学校づくりに努力を積み重ねることである。

   (4)40歳代の後半から50歳代/学校運営技術や、それに即応する教育法規の知識、学校をめぐる行政面の課題に対する適切な対応を心がける一方、指導力の向上等に関する研修を怠ってはならない。また、企画部会・運営委員会等もふくめた校務全般の運営には万全を期しての努力が要請されよう。いうまでもなく、学校法規、教育法規の知識は学校運営の基本であるばかりではなく、時に応じて行われる教育委員会との交渉、話し合いに際しても不可欠のものであるから、管理職を目指す者は法規の研修に努めるべきである。教頭の地位にある者は、校長の補佐に徹することを信条としたい。

  (三) 長期休業期間中の研修
 教師として学校教育の充実を図り、実績を高めるためには、まず専門職として自己の資質を磨き、高めねばならない。そのためには、日々の活動に当たっても、研修を常に念頭に置き、機会があれば率先参加すべきである。特に考えられるのは、夏季休業を初め、長期休業中の研修計画について学校ぐるみで立業し、実践することが望ましい。児童・生徒にとっては休暇であっても、教師にとっては自己研修のチャンスであることを自覚すべきである。

  (四) 派遣制度の充実

   (1)国内教育機関への派遣/教育委員会、教育研究所、大学、教育団体などで、教職的教養や専門領域別の研修を選択し、積極的に参加させる必要がある。

   (2)国外教育機関への派遣/国外の教育視察や、国外の大学、教育機関等へ派遣し、研修をうけさせることも大切である。

   (3)国外教育事情視察制度の拡充/国外留学生・外国日本人学校等、海外の教育事情の視察・研究に参加させる。

  (五) 自主研修  教師としての研修権は、その職責を全うするため「絶えず研究と修養に努めなければならない」という研修義務の規定によって保障されている。これは授業に支障のない限りにおいて、校長の承認を得て実施できる。また、研修内容の判断等は、校長の裁量によって認められるべきものである。
 学校教育を充実させるために、学校長・教頭は教師に対する研修の機会を積極的に設けなければならない。教師の研修は専門職としての資質向上につながることは勿論であるが、教師の人間性を高めることによって児童・生徒に人格的感化を与え、地域ぐるみの研修活動に参加させることは、地域社会や父母との相互理解・融和に役立つことはいうまでもないのである。
 こうした面を配慮しつつ、校長・教頭が教師に対してきめ細かな指導・助言を行うことで、各係主任の権限や職務内容に対する自覚が生まれるのである。人材活用という見地からも、管理者は指導の徹底を図るべきである。
 一方、教師としても、自主的な研修プランを率先して作り、たえず実践することにより、児童・生徒の父母、ひいては社会の負託に応えなければならない。

  (六) 学習指導案の作成は、法令上の公簿として教師に義務づけることが必要である。

 六、教師の待遇の向上
 教職をいっそう魅力ある職場とするため、教師の初任給を引き上げ、人確法の規定による優遇措置を徹底すべきである(現在は行政職の厚遇により人確法の魅力はうすれている)。

 七、管理職の登用
 管理職の登用に際しては、各主任経験者を任命することとする。

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