平成20年5月28日(水)

日本外交のあり方
 ― 外交力の弱さはどこから来るのか ―

矢田部厚彦先生

駐ベトナム・オーストリア・ベルギー・フランス大使歴任


講話概要

近年、外務省でも不祥事が発生したこともあり、また、日本の外交力そのものに問題があるのではないかと、報道や評論、あるいは世論も、問題視している傾向にあります。
 そうした折、頭記のように、駐フランス大使など各国大使を勤められた矢田部厚彦先生が、外交官の大先輩として、そうした情況を憂えられ、そこで、近代国家成立の明治時代から現代に至る外交史を繙き研究された上、これからの日本外交のあり方について、色々と提案をされておられることを知りましたので、ここは、ベテラン外交官として活躍されたお立場から、日本の外交力の弱さが、いったいどこから来るのか、問題提起・ご解説をいただき、その上で日本外交のあり方を検討しました。
 その概要は、ヨーロッパなどの外交は二〜三千年の歴史を持つが、日本は、老中・松平定信が締結した通商条約から数えてわずか150年の歴史しかない。日本はペリーの砲艦外交で開国したこともあり、そのやり方を踏襲して朝鮮や中国に開国を迫った。
 その結末が、大東亜戦争の大敗北であった。本来、国策としては、外交が主で戦争が従であるべきなのに、日本はそうした開国の経緯もあって、戦争が主で外交が従となってしまった。日露戦争で、高橋是清が英・仏へ出向き何とか外債交渉に成功し、総司令官の大山巌元帥も奉天会戦で勝ったものの、日本の国力が限界であることを自覚し、小村寿太郎に自分が責任を持つからポーツマス条約を早くまとめるよう支持している。かくして、明治時代や大正時代には人材が居たが、満州事変・支那事変、大東亜戦争では、指導層にそれだけの人材が出なかった。今軍事力のない日本は、外交で活路を見出すほかなく、人材養成の必要を強調されました。

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